青ねぎとの思い出
僕が青ねぎが世の食べ物で一番嫌いです。
もはや食べ物とも思ってないかもしれません。
誤解を避けるためにはっきり定義すると、ラーメンとかうどんに載っている青ねぎか大嫌いです。
鍋とかに入ってる白ネギはセーフです。許します。白ネギを千切りにしてのを挟んで食べるしゃぶしゃぶとかは、正直めちゃくちゃ旨かったです。
勿論、タマネギはOK。むしろ大好きです。
なぜこんなにも青ねぎが嫌いかというと、まず第一はその味と食感です。
なんとも形容しがたい、食べた後もしばらく舌の裏にまとわりつくような後味の悪さは他の食べ物に類を見ません。
食感も音にすると「ぎちっ」、「ぎちっ」とでも言うようなおよそ野菜とは思えない、不気味な調べを口に残します。
ありとあらゆる食べ物に侵食しようてしてくる根性も嫌いです。
セロリとかパクチーといった世の嫌われ物は、使われる料理も限られていて全く食べずに暮らす事も難しくないですが青ねぎは違います。
ありとあらゆる、美味しい料理に入り込みみんなの口を汚していきます。
僕は麺類が大好きで、食事の9割が麺類という人間ですが愛して止まないうどんやラーメンを注文する時に必ずねぎを抜いてもらうよう伝えるのが面倒でなりません。
自分一人の時はまだ良いですが、友達や同僚と行くときは本当に嫌です。嫌いな物を知られるというのは、弱味を握られるような気がするので出来れば隠しておきたいものです。
うどんやラーメンの付け合わせが、青ねぎではなくほうれん草だったらと思ったことは1度や2度ではありません。
浸すだけで美味しいほうれん草が、出汁の利いたスープと絡み合えばうどんやラーメンに2.0的旨みをもたらすに違いありません。
家系ラーメンの爆発的なヒットは青ねぎを排除して、ほうれん草をつけあわせに起用してことと無関係では無いはずです。
ここまでなら、ただの苦手な食べ物の話ですが僕にとっての青ねぎはそれに留まらぬ憎き敵です。
特に僕の小学生時代は青ねぎとの戦いの歴史と言っても過言ではありません。
給食に出てくるスープにはほぼ100%大量の青ねぎが投下されています。
入って無いときといえば、たまにボルシチが出されるときくらい。
あの時の僕は本気でロシア人になりたい思っていました。
給食残すなの大号令の中、毎日悪戦苦闘していましたがある時ついにその糸が切れ、ねぎスープの大リバースをしでかしてしまいました。
服はびちょびちょ、床も汚れてクラスは大騒ぎです。
その後、僕のスクールカーストが転げ落ちて行ったのは言うまでもありません。
青ねぎさえ無ければ…という思いを常に抱えた小学生生活でした。
給食へのストレスが自由に昼メシを決められる私立中への受験に向かう原動力だった気もします。
こんだけ向き合っていれば、少しは良いところも見えてくるはずですがこと青ねぎに関しては百害合って一利なしと言う他ありません。
青ねぎのような奸佞野菜が幅を効かしていては、日本の食文化は衰退の一途を辿るに違いありません。
この記事を書くに至ったきっかけも、大好きなすぱじろうでの夕飯を和風パスタに忍び込んだ青ねぎに邪魔されたからに他ありません。
あれほど頭を悩ませ、理想のパスタをつくるためトッピングをしたのに薄汚れた緑の奴がすべてを台無しにしました。
楽しい夕食はその瞬間からねぎ除けゲームに変わってしまうのです。
日本人がねぎの呪縛から解かれるそんな日を願うばかりです。
街コンとの思い出
先日、およそ5年ぶりくらいに街コンに行ってみました。
ネットサーフィンしてたら、何となく目がとまり勢いで参加の手続きをしてしまいました。
思えば、5年前の街コンは苦い思い出ばかりでした。
当時、バキバキ童貞のぼくは何とか彼女欲しいという一心で参加しましたが、波をキョロキョロ見回すので精一杯でした。
何とか話しかけようとしては無視され、目が合っては睨み付けられるという悪意のサンドバッグ状態です。まだ道で物乞いしてた方がみんな優しくしてくれてる気がします。
優しさの乞食に成り果てた僕は、てんやで丼を貪り食い失意の帰路につきました。
あれから5年…
流石に童貞では無くなりましたし、人に話しかけることにそんなに躊躇も無くなりました。
いざリベンジと意気込み、恵比寿の会場に足を踏み入れました。
が…
「男しかおらんやん…」
最初に突き付けられたのは圧倒的な男女比でした。女性枠が完売したとの触れ込みでしたので、てっきりハーレム状態を期待しましたが見渡す限り男ばかり。
男女男という漢字はあるそうですが、会場は男男男男女男くらいの有り様でした。
仕方ないので、横にいた男の人に話しかけ雑談。
その後なんとか運良く、テーブルに三人組の女性グループが来ました。ここからが勝負です。
待望の男女トークに入ったところまさかの障壁…
クールポコなら思わず嘆くような、自分語り男がいたのでした。
自分の仕事や恋愛遍歴、趣味まで惜しげもなく、僕らに語ってくれました。
おしゃれイズムに出る若手俳優なら100点の振る舞いですが、街コンでは打ち首級の重罪です。
ただでさえ時間がないのに、彼の語るなんでもないような事に耳を傾ける間に徒に時が去ります。
なんでもないような事は時に、周りを不幸にするんだと勉強になりました。
そんなこんなで、気づけば1時間経過で折り返し。ぺこぱのように時を戻せない僕は、途方にくれました。
これでは5年前と大差ありません。ただ6000円払って、つまんない話を聞いただけです。
しかし1時間たって各テーブルで話が温まり出したところに割って入るのは容易ではありません。
腐りかける気持ちを振り絞り、女性だけで話しているグループに飛び込みます。
思い切って話しかけると愛想良く振り向いてくれました。これが5年の歳月が成せる業です。
運良く最初に話しかけた子がノリが良く、良い感じでラリーが続きます。
おっこれは!と思ったところで彼女が太った人が好きというので調子に乗って腹の肉を見せようとするとと空気が変わり、彼女の周りにいた女の子がサーっと離れていきました。
人の心とはまるで水の如しです。そんな事を思いました。人生の大事なことのすべてとは言いませんが、5%くらいは街コンが教えてくれるかもしれません。
そんな事を言ってる暇はなく、いち早く自分が流した負の濁流をせき止めなければいけません。
幸いその子だけはやや引きくらいで、傷は浅そうです。こうなったらこの残り時間すべてを彼女に投下してモノにするしかありません。
話しの流れを戻し、件のお腹へのタッチも出てきました。これは良い流れです。
徐々に話もパーソナルな方向に進み、残り10分。意を決して、二次会へ誘います。
「この後飲み行かない?」
「あっ、予定あるんで」
予定の合間にパーティーを入れるなんて、IT社長しか聞いたことがありません。
食い下がり続けますが、
「無理だから」
のすげない一言。
ぼくと彼女の間に流れる川は一瞬で氷河に変わり、ここで無念のタイムアップ。
5年前と同じく、一人で晩飯を貪り食ったなんでもない夜でした。
「さよならテレビ」との思い出
職場で雑談に耳を傾けていたところ、この映画を絶賛する声が耳に入って来ました。
エンタメの目利きと知られるその人が「めちゃくちゃ面白かったですよ!」と一声発したとあっては、観ないわけにはいきません。
仕事が片付いたその足で、ポレポレ東中野に足を運びました。
線路沿いの雑居ビルの地下にある映画館に入り、整理券を手に入れます。
上映の1時間半前くらいに行ったので、1番の整理券が貰えました。
そこからしばし夕餉。愛してやまない東中野のモーゼで名物のあさしめ納豆を頂きます。
この日も相変わらずの混雑ぶりでしたが、運良く10分ほどで入れました。
太めのパスタに優しく、スープや具材が絡み合い何度でも食べたくなる味です。
店を後にしてしばし時間を潰した後、念願の映画鑑賞です。この前に上映していた「愛国者」という映画は関係者のトークショーもあり満席近いお客さんでごった返していましたが、「さよならテレビ」はざっと20人くらいと少し寂しい感じでした。
観ての感想ですが、やはりエンディングの存在がこの映画の印象を良くも悪くも変えると思いました。
エンディングの前までは非常に良くできたドキュメンタリーです。
テレビの制作現場の中の中に入り込み、その中で働く人の葛藤を非常に良く切り取っています。
映画は報道番組のキャスター、ベテラン記者、新人記者の3者にそれぞれスポットを当て進行していますがそれぞれの日常や苦悩が時に交わり、それが東海テレビという組織が抱える問題も映し出していきという…大変練り上げられた構成で観ていて引き込まれるばかりでした。
ただもう一方で、内容があまりにきれいにテレビマン達の群像劇として、まとまり過ぎているのでは無いかという違和感も観ながら同時に感じていました。
キャスターが生放送で自分を殺す理由が、東海テレビを揺るがした放送事故にあって…という部分などはすごく顕著です。
映画が終わりに近づき面白かったとは思いつつもすこし物足りなさを感じる中で、目の当たりにしたエンディングはこの映画の見方をガラリと変えてくれました。
ドキュメンタリーがベテラン記者・澤村とディレクターの対話で終わった後、場面は編集室に切り替わります。
そこでディレクターやドキュメンタリーの制作スタッフによって、メインの3名に対して演出的な指示を与える様子や撮影した映像から分かりやすい「物語」を編集しようとしている様子が映し出しされていました。
ドキュメンタリーを形容するときに、よく「リアル」とか「真実」といった言葉が使われます。
映画を観ながら違和感を感じた僕もどこかでそれを期待していた部分がありましたが、エンディングが突きつけるのはドキュメンタリーの映像にリアルや真実を求めることの野暮さです。
カメラを誰に向けるのか、どういう撮り方をするのか、撮った映像でどれを使うのか…といったいくつもの制作者の恣意的な選択を経てドキュメンタリーは作られます。
(ベテラン記者澤村が指摘したように、カメラを向けられた人がする行動は自然なものなのかという問題もあります。)
ラストのエンドロールで、ドキュメンタリーのメインとなった3名の名前が出されますがそれを「出演」と表記していたことにも制作者のメッセージが伺えます。
どうしても我々はドキュメンタリーという物に新聞報道と同じようなジャーナリズムの役割を負わせようとしがちですが、あくまでドキュメンタリーとは人々の日常を素材にしたエンタメであるということがこの映画が強調したかった事ではないかと思います。
代々木駅との思い出
久しぶりに今日、代々木駅に降りました。
代々木駅は不思議な駅です。
代々木駅とはほぼ新宿です。
歩けば、すぐ新宿に出ます。
そして、代々木駅には山手線と中央線各停と大江戸線が通りますが全部新宿駅も通ります。
代々木駅で乗り換えを目論んでいた人は、少し寝過ごしても新宿駅で100%カバーできます。
代々木駅で降りようとしていたとしても、新宿駅から歩けば何の問題もありません。
役者揃いの山手線の一員になっていることが不思議です。完全に新宿のコネです。
だから山手線理事長選があれば、新宿派の票の取りまとめは代々木がきっと行うのでしょう。
原宿や恵比寿のせいで足並みが揃わなそうな、渋谷派の票の切り崩しも代々木なら上手くやってくれそうです。
そんな代々木にも、一つだけオススメスポットがあります。
その名も「ほぼ新宿のれん街」
代々木駅から徒歩1分くらいにありながら、それを完全に無視したネーミングですが代々木駅の立ち位置を非常に良く表しています。
古民家をリノベした飲み屋街で、中にはいるとちょっと異世界に入ったような雰囲気です。
「新宿」でもなく、「新宿以外」でもなく眩いネオンの裏側にある「ほぼ新宿」ならではのノスタルジーをそこに感じるのでした。
「寝ても覚めても」との思い出を
「パラサイト 半地下の家族」のアカデミー作品賞受賞の大快挙を受けて、昨日からネットニュースはそれ関連の記事に溢れましたがその中に監督のポン・ジュノ氏がある日本映画を絶賛しているとの記事を見つけました。
そのタイトルは寝ても覚めても…
主演2人の取り合わせから完全にゴシップネタ扱いされつつある映画ですが、せっかく歴史的偉業によって光が当てられましたのでしっかり鑑賞してみようと思いました。
感想ですが、とにかく冒頭は役者の関西弁の台詞回しの違和感がとにかく気になりました。
登場人物のイントネーションの不自然さが凄くて、物語に入って行きづらかったので東京に行ってくれた時はホッとしました。
(主演2人は相変わらず変な関西弁でしたが、それが東京では2人の存在だけを浮き出してる感じになってそんなに気にならなくなりました。)
関西弁にしてもそうですが、主演の2人はどんなに好意的に見てもかなりの大根です。
劇中でもこれは芝居が下手だからなのか、演出なのかよく分からない場面も散見されます。
例えば、後半で再び朝子の前に姿を現す麦君は言葉に感情が無さすぎて観てる人のほぼ100%の目にサイコパスなストーカーに映りますが、物語の展開としては彼は白馬の王子様であるべきです。
そう見えなかったことでその後に朝子が麦に手を引かれていく場面が説得力を持って映らなかった気がします。
ただ濱口監督もインタビューで、役者にテキストを感情的なニュアンスを一切抜いて何十回も読んでもらい、余計な感情が出てきにくくするとは語っていますのでやはり演出上で、登場人物の気持ちを見えにくくするという部分はあったのかと思います。
ポン・ジュノ氏はこの映画のスローなテンポ感を非常に評価していましたが、日本人の我々より日本語を母国語としないポン氏を初めとした外国人の方が表面的な台詞回しを気にせずこの映画の演出をより効果的に受け取れるのではとも想像します。
最後に東出氏は置いておくとして、大根とは言いましたが唐田さんは間違いなくこの役はハマり役でした。
不安定でありながら思い込みが強い朝子のパーソナリティはそのままの彼女自身を映しているのではないかと観ていて感じました。
東出氏との不倫騒動などはその危うい一途さの帰結に見えますが、その事が今になってこの作品の彼女の演技により強い説得力を与えているというのは何とも皮肉です。
「せたが屋」との思い出
久しぶりに「せたが屋」というラーメン屋に行って来ました。
以前仕事が夜遅くに駒沢あたりで終わったとき、ふと立ち寄って食べた時以来でした。
(深夜3時までやってるので本当に助かりました。)
仕事中になぜか無性に食べたくなり、ふらふらと足を運んでしまいました。
食べたのは前回同様に、魚郎ラーメン。
(痛恨にも撮る前に一口つけてしまいました…)
ビジュアルと名前からも伺えるように、魚介ベースのスープで作った二郎インスパイアのラーメンです。
大学の頃は週5くらいで二郎系を喰らっていたこともありましたが、社会人になり体がそんなムチャは許してくれなくなりました。
今日は
二郎食べたいんだけど、ちょっと体のコンディションがな…
という感じだったんですが、そんな気持ちに見事に応えてくれる味です。
ニンニクやボリューム満点のチャーシューに太麺など二郎のガツンとした魅力を残しつつ、魚介のスープが優しい味わいを添えます。
食べていて、ふと「恋しさとせつなさと心強さと」というヒット曲を思い出しました。
この味を言葉にするならば、そんなイメージです。
その一杯の中に学生時代の僕を虜にした二郎系への恋しさ、それをガツガツ食うことが出来ないせつなさ、そしてその思いを包み込む魚介スープの心強さが詰まっていました。
「パラサイト 半地下の家族」との思い出
米アカデミー賞の受賞式が明日に迫っています。
今回、作品賞の有力候補として「パラサイト 半地下の家族」に非常に注目が集まっています。
僕の周りでも、「あれ観た?」と聞かれれば当たり前のようにみなパラサイトの話になるくらいその抜群の評判が浸透しています。
僕も何週間か前に観に行ったんですが、観た後しばらくは映画の事が頭にこびりついて離れず、パラサイトにパラサイトされてる状態でした。
シンプルにメチャクチャ面白いし、色々考えたくなるし人と話したくなる映画です。
映画のキャッチコピーが「幸せ少しいただきます」なんですが、観た後に凄く良くできたコピーだと感嘆しました。
半地下のキム家にしても、金持ちのパク家を不幸にしたいなんて誰も思って無くて、ただ自分達が幸せになって良い暮らしをしたいというだけなんですが、その思いが実は誰かの幸せを奪っていて…というのが悲劇の結末を生みます。
がっちりした構造がベースにある映画で、上下や貧富という軸や家族の中の役割や気質に従って登場人物がチェスの駒のように動いていくという、ある種すごくロジカルに作られた映画だという印象ですし、その中でエンターテイメントとして飽きさせない仕掛けが随所にあるのが非常に秀逸な所です。
素晴らしく見所に溢れた映画ですが僕が、劇中で一番虜にされたのはキム家の妹ギジョンの魅力でした。
(映画が終わってすぐしたことは、その女優の名前を調べることでした。パク・ソダムさんって言うんですね…)
すごい美人という訳でも無いんですが、映画の中でギジョンは目を離せない妖艶さを放っていました。
特にパク家での黒ジャケットの格好が凄く好きで、「安物なんだろうけど本当に優秀で違いの分かる人は華美に走らずこういうシンプルな物を着るんだろうな…」と奥様に深読みさせたんじゃないかと想像してしまうほど凛として素敵でした。
またそれでいて、ギジョンは家族の中の誰よりも家族想いです。
パク家の留守中にキム家が豪邸でくつろぐ中、父や母が追い出した家政婦の身を案じたところを「私たちは私たちの事だけ考えていようよ」という言葉を発しています。
思えばキム家の侵入は兄とギジョンまででどう考えても十分だった気がしますが、そこから運転手の追放などを画策し父母を招き入れようとしたのはギジョンでした。
自分の将来に絶望しているように見える一方で、誰よりも家族の幸せを願っているという両面がギジョンというキャラクターの深みを作っている気がします。
キム家の中でギジョンだけが最終的に非業の死を遂げてしまいますが、誰よりも幸せになろうと願うことで結局地下の家政婦夫婦を不幸にして、それが自分に返ってくる…という悲しいカルマに翻弄された彼女が実はこの作品の陰の主人公ではないかと思えない気もしません。